立花氏の第7代当主であった立花鑑載は、立花山城の出城として、現在の東区名島に名島城を築きました。
現在は名島公園となった城跡にある案内板には次のように書かれています。
『天正十六年(1588)、九州を平定した豊臣秀吉は、この地に城を築くよう小早川隆景に命じ、名島城を九州守護の拠点としました。慶長五年(1600)には福岡藩初代藩主黒田長政が入城しましたが、福岡城の築城に伴い廃城となりました』
廃城の後、城門や石垣などは福岡城などへ移築されましたが、唐門は崇福寺へと移築されました。県の有形文化財として指定されています。