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私たちの主張

Opinion

平成2912

教員育成の本質的な課題



要素の足し算で教員は育つのか?

 平成二十九年十一月三十日の「教育新聞」に掲載された藤川大祐千葉大学教育学部副学長の教員育成論の視点が興味深い。
 藤川氏は中教審答申「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について(平成二十七年十二月)等にあるように、「教委と大学が連携して教員養成を進めていくこ
とは必要」であり、「そのために教委が教員に求められる能力を明確化することは重要」としながらも、大学の養成側の立場として今回示された東京都の教職課程カリキュラムを「詰め込みすぎ」と指摘している。氏の論点は次の通りである。
○「オリンピック・パラリンピック教育の目的について理解している」という項目は大学でどのように指導するべきかが不明確である。
○「チームとして職務を担えるように、役割に応じて活躍しようとしている」という項目はOJTで学ぶべき。
○大学は教職課程の授業のシラバスに、都が挙げている項目を無理矢理羅列するのではなく、どのように都の要請に応えるかを明確にして主体的に対応すべきである。
○「道徳の理論及び指導法」は法令上2単位必修となっているが都のカリキュラムでは内容として35項目に及び、文科省のコアカリキュラムの項目数よりも圧倒的に多い。
○細分化された要素を足し算すれば優れた教員となるかのような教育観が前提となっているように感じられる。

中教審の資質能力向上策

ここで先程の藤川氏の育成論の中にも触れられている中教審答申について確認しておく。背景として「学び続ける教員像」の具現化、大量退職・大量採用などの環境変化、教育課程の改革、授業方法の革新や新たな教育課題(ICT、特別支援教育、英語、道徳など)への対応、「チーム学校」として組織的・協働的に諸課題の解決に取り組む力の育成などが挙げられている。要するに様々な環境変化の中で、子供の育成策が論じられている中、肝心の子供を教える教員が育つのかということに大いなる危機感があるのだ。
改革の方向性としては(1)教員研修、(2)教員採用、(3)教員養成、(4)新たな教育課題への対応、(5)教員の養成・採用・研修を通じた改革、(6)教員免許制度等に分けて提示されている。
ここでは(5)に着目する。この中で、国は教育委員会と大学等が相互に議論し、養成や研修の内容を調整するための制度として「教員育成協議会」を創設すること、教員がキャリアステージに応じて身につけるべき資質や能力の明確化のため、各都道府県は「教員育成指標」を策定すること、さらにはその指標を踏まえ、体系的な教員研修計画を策定することとされている。

根幹が見落とされる危険性

 中教審の課題意識、提言内容も納得できるものなのだが、育成指標については、際限なくある教育課題について教員に求められる資質能力をチェックリスト的に羅列するような発想であれば、際限なく増えてしまい、根幹が見落とされる危険性があるのではないか。藤川氏は「多くの知識を詰め込んだAI搭載ロボットのような教員が求められているように思えてならない」と述べ、「優れた教員となる道筋は多様」であり、「学生時代でしか伸ばせない能力とは何かが、問われるべき」と主張している。現場の教員としても頷ける主張であろう。

本質的な課題は何か

中教審では、使命感や責任感、教育的愛情、専門的知識、指導力、総合的人間力などを引き続き求められる不易の資質能力と定義している。
 育成指標による明確化は必要なのだが、そういった不易の資質能力を根幹に据えながら、そこから導き出されるべきものなのではないか。
 ほとんどの教員がモデルとすべき教員との出会いや経験や失敗の中から自己の能力を磨いていく。本質的な課題は教師として伸びる素地を有しているかを的確に見抜くための採用、そして、現場の教師が若手教師に知識・技能を伝承するための十分な時間を確保すること、そして教師が魅力ある仕事なのだということを社会全体に発信することではないかと考える。

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