福岡教育連盟は教育の正常化を目指し、日々教育活動に励む教職員の集まりです。

私たちの主張

Opinion

平成2703

日本の国際貢献に誇りを/テロに屈することなく、テロを生み出すことなく



邦人人質事件の反応

今年1月、過激派組織ISIL(イスラム国)による邦人人質事件が明るみに出ると、国内外に動揺が走り、連日報道されるその動向について国民全体が注目した。そして、事件は悲劇的な結末となり、結果的に人質を救えなかった政府に対して、野党やマスコミから批判が起こった。しかし、その内容は、この許し難い事件が政府批判の材料として利用されているようであり、中には日本の国際貢献の在り方や集団的自衛権の閣議決定が今回の事件を引き起こしたかのような論調も見受けられた。一方、国民世論は比較的冷静で、政府のテロに屈しない姿勢に理解を示し、事件後に新聞各社が行った意識調査では国民の過半数が政府の対応は正しかったとしており、これに引きずられる形で野党やマスコミの政府に対する批判は間もなく沈静化した。

平成5年、カンボジア

このように、日本では外国で邦人が事件の犠牲となると、直接的には関係がなくても、政府の政策批判に結びつけられることが度々起きる。中でも思い出されるのが平成5年のカンボジアでの事件である。
平成5年、内戦による虐殺と混乱の時代を経て民主化へ向けた選挙準備を進めていたカンボジアで、一人の日本人青年が反対派のゲリラによる襲撃で命を落とした。青年の名は、中田厚仁。選挙が平和に遂行されるよう支援活動を行っている国連ボランティアの一員であった。前年、日本政府は野党の激しい反対を押し切ってPKO法を成立させ、自衛隊のカンボジア派遣に踏み切っていた。これに反対していたマスコミは、この事件をきっかけに、一斉にカンボジアの危険性を訴え、PKO法や自衛隊の海外派遣に対する疑問を報道した。このような状況の中で、殺害された厚仁氏の父、中田武仁氏がインタビューに答えた。その口から出た言葉はマスコミが期待した内容とは異なっていた。武仁氏は、息子の死を「崇高なもの」として受け止め、悲しむべきことは息子の死ではなく、それによって海外でボランティアを志す若者が減ってしまうことだと毅然として述べたのである。そして、勤めていた会社を辞めて、息子の意志を受け継ぎ、ボランティアの世界へ自ら足を踏み入れるのである。
この時の中田氏父子の生き様が、その後の日本人による海外ボランティアを前進させたことは間違いないであろう。また、当時、激しく反対されたPKO法だが、その後の自衛隊の海外での活動は国際的に大きく評価され、現在ではPKO法に対する批判はほとんど聞くことがなくなった。

失われた命を無駄にしない

中田武仁氏は、事件の数年後、息子の厚仁氏が活動していたカンボジアの村(事件の後、ナカタアツヒト・コミューンと名付けられる)が洪水で大きな被害が出たと知ると食料や衣料に充てるために募金活動を行い、集まった募金を現地へ届けた。しかし、村人は食料や衣料には使用せず、その募金で学校を建て、校名をナカタアツヒト小学校とした。また、平成5年にPKOの文民警察官としてカンボジアに派遣された高田晴之氏が殉職しているが、現地では彼の栄誉を記念して村の名をハル村と改称し、高田記念小学校が設立されている。尊い命の犠牲が、日本とカンボジアの友好、カンボジアの平和や発展に大きく寄与したのである。
ISIL(イスラム国)に参加する者の多くは、貧困から逃れるために集まっていると聞く。だからといってISILの行う残虐非道な行為は決して許されるものではない。ISILへの直接的な行動は、憲法上の制約があり、日本ができることは当然限られる。しかし、第二、第三のISILが新たに誕生することがないように、日本にできることがたくさんある。今回の事件で、ヨルダンの政府や国民は日本に大変好意的に行動してくれた。これも、今までの日本の国際貢献が間違っていなかった何よりの証である。亡くなった二人の命を無駄にしないためにも、この悲しい事件を乗り越えて、ヨルダンとの友好を深め、さらに中東の安定や平和に貢献することこそが大切である。

日本の国際貢献の成果を正しく伝える

今年2月、読売新聞が行った日本人の意識調査では、日本が「国際社会のために貢献してきた」と思う人は半数以下の43%であった。自国の国際貢献度をあまりにも過小評価していないだろうか。日本の支援は国益優先であるという批判は当てはまらない。国益と国際貢献は相反するものではなく、両立できるものだからである。大切なことは支援を受けた国の評価であって、日本のODA、自衛隊の海外派遣、NGOなどの海外ボランティア、募金活動などの国際貢献が世界でどのくらい評価されているのかを日本人自身が知っておく必要がある。
現在、グローバル人材の育成が教育目標の柱の一つに掲げられている。このグローバル人材の定義については未だ様々な議論があるが、少なくとも国際貢献の分野では、手本となる日本人が、過去にも現代にも著名・無名にかかわらず多数存在する。教育の場においても、誇りを持って国際社会に貢献できる若者がさらに増えるよう、日本の国際貢献における成果を正しく子供たちに伝えていかなければならない。